Coach

谷部 勝彦(やべかつひこ/やべっきー)
- 有限会社Area51s 代表取締役社長
- Area51sアスリートプログラムヘッドコーチ
- スノーボードスクールSTEP7名誉コーチ
- ヒキダスKidsスノーボードアカデミー名誉コーチ
- 一般社団法人 全日本スノーパーク管理協会 代表理事
- 汇玩极限(北京)体育文化传播有限公司 共同経営者
・カウンセリング&コーチングスペシャリスト
・キッズメンタル&検定スペシャリスト
・バリューエンジニアリングリーダー
・事業コンサルタント
・スノーパーク造成マシンスペシャリスト
・ハーフパイプ造成マシンスペシャリスト
・愛玩動物使用管理士2級
COACH PROFILE
"パークを造る人が、''
なぜ、人の滑りまで変えられるのか。
日本でその名を出せば、同業者なら必ず頷く。
それが谷部勝彦、通称「やべっきー」です。
01 雪と歩んできた年月
スキーを始めたのは1975年。スノーボードは1991年から。
谷部勝彦が雪の上に立ったのは、3歳の頃。
その後スノーボードに出会い、1993年、お金をいただいて初めて人に教える立場になりました。
「教える」という仕事と30年以上向き合い続けている、ということです。
02 たった8か月で、人生を変えた
「PROになる」と決めた日から、すべてが変わりました。
1997年。谷部は「PROになる」と心に決め、背水の陣でメンタルとフィジカルを徹底的に鍛え抜く8か月間を過ごします。
目指していたのは、20秒ほど自分を完全にコントロールし、いわゆる「ゾーン」に入れる状態。
その状態で迎えた昇格戦で、自己最高の演技を成し遂げ、トップでプロ昇格を果たしました。
この8か月間の経験こそが、今のコーチングの土台です。
「気合で頑張れ」ではなく、メンタルとフィジカルは具体的に鍛えられるものであり、人は正しい準備をすれば、自分の限界を本当に超えられる――それを、自分自身の体で証明した8か月間でした。
03 元祖という立場
プロスノーボーダー自らが、圧雪車に乗ってパークを造る。
この働き方を法人として日本で初めて確立したのが、2003年11月13日に設立した有限会社Area51sです。
「滑れる人」と「造れる人」は本来別の専門職だと言われる業界の中で、谷部はその両方を一人で体現してきました。
04 スクールという形にした理由
2004年、スノーボードスクールSTEP7を立ち上げる。
自身の競技生活の中でも指導をおこないPROを育てる中、国内の練習設備の改善が必須という思いからパーク造成の向上に取り組み始める。パーク造りで培った「安全」と「楽しさ」の設計思想を取り入れたフリースタイル指導を創造するため、2004年にスクールとして体系化しました。
以来、ナショナルチーム所属選手、プロスノーボーダーを、それぞれ複数名輩出。
キッズプロ・キッズ検定・カウンセリング&コーチングといった資格を取得し、技術指導とメンタル指導の両方を、専門知識として裏付けています。
05 なぜ、雪山の"安全"にこだわるのか
ランディングの衝撃は、必ず20cm未満に。
谷部が現場のディガーたちに伝え続けている基準です。
ジャンプの高さに関係なく、降りる瞬間の衝撃を抑える――これができていないパークは、滑りが崩れ、結果的に「楽しくない」「危ない」一日になってしまうと谷部は語ります。
だからこそ、目指す数字は20cm未満そのものではなく、常に0cm。
見た目の派手さではなく、「綺麗に降りられる」ことこそが、安全であり、最大限楽しめる滑りにつながると考えています。
06 アメリカで積んだ、6年間の修行
1998年、プロに昇格。
パーク造成の本場・アメリカへ渡り、6年間の修行を積みます。
帰国後に確立したのが、安全性・継続性・滑走者全員が共存できる設計という、今のArea51sの土台です。
07 手がけてきた舞台
国内の大舞台、そして海外へ。
- 国内外リゾート40以上でのパーク造成
- 国際大会30以上
- 国内大会90以上
08 世界初、街中でのジャンプ大会
Earthlete Games――競技の枠を、街まで広げた。
世界初となる、街中でのHIP JUMPコンテスト「Earthlete Games」を立ち上げ、母体イベント「Earthlete fest」とともに6年連続で開催。
スノーボードを、スノーボードを広く知ってもらい多くの人にプレイしてもらうためにもゲレンデの中だけのものにしないという発想からこのイベントも生まれています。
09 現場の感覚を、学術にも橋渡しする
滑りの感覚を、データに変える側に立つ。
2014年、日本スキー学会の研究会にて「スノーボード・ジャンプの特徴に着目した動作分析に関する研究」が発表されました。
研究したのは、スノーボードスクールSTEP7の校長である伏見知何子(トリノオリンピック日本代表)。
谷部はこの研究において、ジャンプの動作データの提供・キッカー制作の協力にあたっています。
長年現場で培った「なぜ崩れるのか」「なぜ安定するのか」という感覚を、学術的な裏付けにつなげる――それも、谷部の指導の信頼性を支える一面です。
10 140ページのカリキュラムを、託した日
当時、存在しなかったものを、自分の手で創った。
谷部は、当時まだどこにも存在しなかったスノーボードのフリースタイルカリキュラムを、自らの手で一から創り上げました。
その分量は、140ページ。
このカリキュラムを見せたのが、トリノオリンピック日本代表として活躍した伏見知何子でした。伏見はその内容に感動し、谷部は「すべてを託す」と決めます。
こうして伏見は、スノーボードスクールSTEP7の校長に就任しました。
トップ選手が次のキャリアとして選んだのは、谷部が積み上げてきた指導体系そのものだったということです。
11 家族を、現場から外さない
「家族と一緒に居られない仕事は、本末転倒。」
谷部は、海外のパーク造成に家族を伴うことがあります。
この事業において多大な力となるスノボ大好き家族の笑顔を削ってゲレンデの笑顔は増やせるはずもない。社是でもある笑顔創造に沿わないからやらない方がいいと考えているからです。
仕事に取り憑かれるタイプの職人でありながら、家族を最優先に置く――その両立への姿勢が、生徒や保護者と向き合うときの「人としての信頼」にもつながっています。
12 目指す場所
「Area51sがナンバー1だね」ではなく、「うん!Area51sだよね!」。
谷部自身が語った言葉です。同業者から一番と言われることではなく、誰もが普通に名前を思い出す存在になること。
その先にあるのは、お客様、関係するゲレンデや地域、業界全体への貢献。スノーボード業界そのものを良くしたいという思いから、この分野の研究を始めたと谷部は振り返っています。
このコーチに教わるということ
技術だけを教わるのではありません。
「なぜ安全なのか」「なぜ崩れないのか」を理解した上で、滑れるようになります。
0cmを目指す職人の基準で設計された環境で、
オリンピアンが次のキャリアとして選んだ指導法に触れる。
それは、ただ「上手くなる」ことの先にある体験です。

伏見 知何子(ふしみちかこ/ちかっち)
- トリノオリンピック HP競技日本代表
- 日本スキー学会理事
- スノーボードスクールSTEP7コーチリーダー
- SAJ認定スノーボード指導員
- JATIトレーニング指導者資格
- 国立秋田大学大学院 スノーボードの動作解析に関する研究で博士(工学)号 取得
- 中一普(国語) 取得
- 高一普(国語) 取得
- 司書・学芸員資格 取得
【経歴】
22歳 スノーボードを始める
23歳 企業からのスポンサードを受ける
24歳 全日本大会(HP)で3位になりプロ昇格
25歳 PSAプロツアーランキング2位
26歳 国内外を転戦しながら8つのキャンプでコーチ業をこなす
28歳 SAJナショナルチームに選考される
31歳 FISワールドカップ ウィスラー出場(2戦目3位)
トリノオリンピックにHP女子代表として出場(12位)
FIS全日本選手権出場(3位)
32歳 スノーボードスクールSTEP7の校長に就任
ヒューマンアカデミー・スノーボード科講師就任
44歳 スノーボードの動作解析に関する研究で「博士(工学)」を取得
現在 学校教育課程にスノーボードを導入するべく活動中
COACH PROFILE
オリンピアンは、なぜ"博士"にまでなったのか。
伏見知何子は、競技の世界だけにとどまらなかった人です。
滑りを極めた先に、その滑りを学問にまで昇華させました。
01 世界の舞台に立った実績
トリノオリンピック、スノーボード・ハーフパイプ12位。
伏見知何子は、トリノオリンピックのスノーボード・フリースタイル・ハーフパイプ競技に日本代表として出場しました。
世界最高峰の舞台で滑った経験を持つコーチから直接指導を受けられる――それ自体が、このプログラムの大きな価値のひとつです。
02 自分の滑りを、自分で学問にした
スノーボードの動作解析研究で「博士(工学)」を取得。
伏見は、国立大学法人 秋田大学大学院にて、スノーボードの動作解析に関する研究で博士(工学)号を取得しています。
「なぜこの滑りが安定するのか」「なぜこの動きが崩れるのか」――感覚だけでなく、力学的な根拠を持って説明できる。
競技経験を、自らの手で学術的な知へと変換した、稀有な経歴です。
03 学会という場での評価
日本スキー学会 理事。論文賞、優秀発表賞をそれぞれ受賞。
伏見は日本スキー学会の理事を務め、現在も在籍しています。
同学会の第24回大会では優秀発表賞、第5回論文賞では論文賞を受賞。スノーボードの動作解析に関する研究は、日本スキー学会論文賞も受賞しています。
第30回大会では実行委員長も務めました。
一人のアスリートとしてだけでなく、その分野そのものを運営し、発展させる立場にも立ってきたということです。
07 地域・社会への還元
COP10アンバサダー、アースリートフェスタの実行委員長。
伏見は生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)のアンバサダーを務め、名古屋アスリートフェスタでは実行委員長・競技委員長を歴任しました。
アースリートフェスタ2006〜2011では、講演活動を通じて環境への意識も発信し続けています。
NPO法人スポーツサポート協会の理事としても、スポーツを通じた社会貢献に携わっています。
08 今、この人から教わるということ
STEP7校長として、伝え続けている。
伏見は現在、有限会社Area51s所属、スノーボードスクールSTEP7、ヒキダスKidsスノーボードアカデミー、Area51s Athlete programにてプロフェッショナル・スノーボードコーチとして指導にあたっています。
オリンピックの舞台、博士号という学術的探究、大学の教壇、JOCの教育現場、メディアでの発信――その全てを経たうえで、今この場所で滑りを教えています。
このコーチに教わるということ
オリンピックの舞台で滑った感覚を、
博士号レベルの理論で、言葉にして伝えてもらえます。
「なんとなく上手い人」ではなく、
「なぜ上手くなるのか」を、科学的にも、経験的にも説明できる指導者です。
その指導を受けられることは、決して当たり前ではありません。